煌夜(こうや) – 祭の幻想
Festal Ballade for Band
演奏:海上自衛隊大湊音楽隊
指揮:石田敬和
2016年9月21日初演(青森県八戸市公会堂)
ご縁あって海上自衛隊大湊音楽隊より委嘱をいただき1986年に作曲したのが、『抒情的「祭」』だった。青森の民謡を素材にした親しみやすい作品を、とのことで、津軽じょんから節、津軽あいや節、ホーハイ節、そして弘前ねぷた祭りを用いて、6分の作品に作り上げた。日本の素材を用いながらも、西洋の作曲技法を使っており、それぞれのメロディーが関連し合って展開される。この旧作が、いまでもさまざまな場面で愛されていることを嬉しく思うと共に、感謝の念に堪えない。
そしてちょうど30年の時が過ぎた今、同じ素材を使って新たな作品を使ったらどうなるだろうか、と、改めて委嘱をいただき作曲。本年9月1日に完成。
当時は、提供されたごくわずかな資料をもとに作曲したが、時が流れ、情報が豊富で入手も容易となった。吹奏楽のレベルも全国的に、世界的に向上してきている。そこで、以前より本格的な、そしてある意味「日本的」な作品に仕上がったと思う。用いた素材を少し解説しておく。これらのメロディーがこの順に現れる。
津軽じょんから節曲弾六段。さまざまな流派のものを参考にしつつ再構成した。この中の一段と四段をそのまま用いつつ、独自に作り上げた四つの段が展開する。
津軽あいや節。実際には、あいや節ではなく、津軽三下りのリズムとなっている。この部分では、3年前に作曲した「津軽三味線協奏曲」を一部引用した。
ホーハイ節。高校の音楽教科書(音楽之友社)所収のメロディー・ラインに依った。最近の音楽教科書は、しっかりと原典を探り、比較的正確に採譜されている。
青森ねぶた。この笛は、実際に使われているメロディー・ラインを参考にした。
この4つが大きな柱となっている一方で、大湊ねぶた、八戸三社大祭のメロディーも随所に見え隠れする。青森の夏の夜に、ねぶたは煌めく。冬が厳しいからこその祭りの熱さを感じる。そんな情景を描けたかと思う。
ところで前作の『抒情的「祭」』について少し。これは30年前、東京藝術大学の大学院生だった当時、同じく大学院に在学していたコントラバスの高西康夫さんに紹介されての委嘱だった。高西さんは当時より海上自衛隊などの音楽隊の指導やエキストラ出演などをしていた。
実際の作曲は、大学院を修了後の第一作となった。9月1日に脱稿した後、10月の初演に立ち会うべく、高西さんと共に東北新幹線から東北本線に乗り継ぎ、さらに野辺地で乗り換えた。遠い道のりを辿って初めて訪れた大湊はすでに秋が深まっていたが、人々はとても温かかった。
初演を終えて、ふと大学時代の作曲の先生を訪れた際、これは売れるよ、と言ってくれたのが嬉しかった。
翌1987年にはイリノイ大学吹奏楽団を私が指揮してアメリカ初演を行った。その後、アメリカ空軍バンドなどが演奏、間もなくアメリカのTRN社より出版。私の吹奏楽での事実上のデビュー作となった。
海上自衛隊の音楽隊は全国に6隊あり、その後ほとんどの土地とのご縁がある。その中でも一番古くからのお付き合いである大湊には他ならぬ親近感を持っている。しかも、この作品は、大湊音楽隊で初めての委嘱作品であることを知り、一層光栄に感じている。
さて、30年という時代は、さまざまなことを変遷させる。今では東北新幹線も延び、大湊も近くなった。インターネットの発達により、作曲のための各種の資料の入手も容易となった。変わらないと思われるものでもいつしか変わっていく。たとえばねぶた祭りの太鼓のリズム感や速度も、少しずつ変わってきているようですね。そして、委嘱の縁を取り持ってくれた高西康夫さんは、昨年、若くして旅立たれた。そんな時代の移り変わりを噛み締めつつ今回の作曲の筆を進めた。たぶん、どこかで高西さんは微笑んでいてくれるのだろうと思う。そしてきっと、この作品を煌めかせてくれたのだろうと思う。
縁の深い大湊音楽隊には、そうだなあ、あと30年ほどしたらもう一度新しい作品を書いてみたいものだ、と、そう思っている。その頃にはさらに時代は変わっているのだろうけれど、しかし少なくとも思うことは、30年の後もねぶたを楽しめる平和な世の中であってほしいということだ。