「ぐるりよざ」管弦楽版への経緯    伊藤康英 

 

「ぐるりよざ」の管弦楽版は、1990年に吹奏楽版を初演して以来の夢だった。それは、1999年の京都市民管弦楽団の依頼(小田野宏之氏の指揮)によって実現した。その後、2003年にも学生のオーケストラにより演奏されたのだが、そのときのプログラムが悪かった。プログラム前半の「ぐるりよざ」がうまく行き、とても満足していたのだが、後半になって、チャイコフスキーの交響曲第6番が演奏されたのだ。曲の規模といい、それから特に弦楽器の鳴り方といい、「ぐるりよざ」はすっかり負けてしまったと思った。その瞬間に、もういちどオーケストレイションをやり直さねばと思ったのだった。その後、2004年に新宿交響楽団が演奏してくれるということで、再度改訂、ただしそれは1楽章のみの改訂に留まったのだが、やはり満足のいくものではなかった。
 2006年の終わり頃、指揮者のダグラス・ボストック氏から、管弦楽版はあるか、という打診が入った。よしそれではこの時こそ、と思い、全く新たに改訂版を作ることにした。

 

 編曲する、ということは、単に楽器を置き換えれば良いというものではない。たとえば、管弦楽作品を吹奏楽に編曲して演奏されることがしばしばあるが、もともとの楽器がクラリネットであったからといって、吹奏楽でも単純にクラリネットにすればいいというものではないと思う。その吹奏楽編曲は、あくまで管弦楽作品に従属するもの以外のなにものでもないと思うのだ。たとえばシェーンベルクが吹奏楽のために書いた作品「主題と変奏」を自身が管弦楽に編曲した際、冒頭のクラリネットのメロディは、トランペットに受け持たせた。


  編曲ということは、新たな編成のために作曲し直すことである。
  2007年の11月に改訂版を作った。ちょうどその折り、九州交響楽団からも演奏したいとの申し出があり、そのときに、男声合唱団を頼むのだが、せっかくだからもう少し増やせないものか、という話があった。 なるほど、合唱を増やすという手がある。 もともとは、第1楽章の冒頭のみ、オプション扱いで男声合唱(というか斉唱)を加えており、それは吹奏楽団員が歌うこととしていたのだが、場合によってはそのために男声合唱団を雇うことがある。せっかくなのだからもう少したくさん歌いたいと思うのは当然だろう。
 そこからいよいよアイディアが膨らんだ。
 第2楽章のメロディをもとに後に1998年に歌曲を作ったことがある。林望さんの詩で隠れキリシタンを扱ったもので、それがぴったりとこのメロディに当てはまったのだ。「いんへるの」という歌曲である。(「いんへるの」とは’inferno’(地獄)が訛ったもの)。今度はその歌曲「いんへるの」の一部分を管弦楽版で合唱に歌わせることにした。「さんじゅあん様のうた」のメロディと、グレゴリオ聖歌ふうのメロディとが交錯する。日本ふうの音楽と西洋ふうな音楽との交錯は、近頃聴いた「切支丹道成寺」(平井澄子作曲)の影響もある。 結果、第2楽章は従来の吹奏楽版よりも50小節ほど長くなることとなった。男声合唱を活用し、そうして3楽章の終わりにも男声合唱が高らかに歌う。

 

   弦楽器を効果的に鳴らすことも十分に考えた。その結果、原曲にはないフレーズを多数書き込むこととなった。

 あたりまえのことだが今まで気が付かなかったことがある。
 管弦楽作品を吹奏楽に編曲する際に、弦楽器の高音部をどのように処理したらいいのか困る。フルートとかピッコロしか担当できる楽器がないのだ。そこでやむを得ず音域を狭めて編曲することとなる。 ということは、吹奏楽を管弦楽にする際には、逆のことを行わなければならない。音域を広げてあげるのである。
  こうして「ぐるりよざ」は、18年の時を経て、ようやく管弦楽の作品にと生まれ変わった。管弦楽の魅力を引き出すことができた「ぐるりよざ」、そしてこれまで通り吹奏楽ならではの「ぐるりよざ」、これからはいろいろな形でこの曲をみなさんに楽しんでもらえるのが嬉しい。(2008年 九響スペシャル)

 

管弦楽のための交響詩「ぐるりよざ」スコア (音楽之友社)

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